草原に吹くこえ・感想レビュー

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シン・エヴァ短観(設定よりテーマで)

 しっかり見返して書き残したいが、そんな時間はそうそうない。それにジャストの世代ではなく、付き合いとしては15年と少しくらい。視聴者としては余裕ならあるほうか。


 とはいえ、アニメというジャンルで、ここまで大きな存在と化した作品は数えられる程度だ。記録は残しておきたい。手短に。要点だけをまとめるような形で。




 本作を視聴して残った感情は、穏やかな歓送の気持ちと、少し冷めたような哀しさだった。どうしてということをほぐしていけば、本作へのレビューが成り立つような気がする。


 まず歓送の気持ち。細かい部分に思うところある人は多いだろうし、自分もそうだったが、やはりうまく終わらせたなぁと。


 エヴァといえば設定の大風呂敷。旧劇・新劇と膨張してきたものを、実に涼やかに幕引きしたと思う。それぞれのキャラが、きちんと行き着くところにたどり着いたように見えて、すっきりとお別れできた。そこには心からの拍手をおくりたかった。




 しかし、その後になぜか冷めたような哀しさが残った。最終的にはそれが大きくなって、落胆したような気持ちにすら変わっていってしまった。なぜなのか。


 それは邪推するところ、字面のテーマに作り手の感慨が追いついていないからなのではと思ってしまう。品のいいレビューとは言い難いが、それが正直な感想となる。



 エヴァは孤独の物語だった。別個の存在として決してまじり重なることなく、わかりあうことのない人間という群体。


 現実では否応なしにそれを受容しなければならないわけだが、エヴァはそこに仮想の解を投げかける。人と人の境界をなくし、補完をなせば、そこに至上の救済はあるのかと。



 それへのアンサーとしては、本シリーズは一貫して反対の立場をとってきた。いや反対とまではいかないか。としても、それも良いのかもしれない、相補性のなかでの不完全な慈しみ合いは、完璧な個の孤立よりきっとのぞましいものだと、最後には言ってきた。


 しかし、複雑な設定が生み出した過剰な考察と、セカイ系という形での変容が、一見複雑なようで、その実シンプルかつ力強い本作のテーマを散逸させてしまった。“綾波レイ”というイコンへの隷従が、その最たる例か。



 であれば、突き放さなければならないというのは妥当な話だ。旧劇でのぶん殴るかのような悪意も、新劇での根を詰めるような意地悪さも、致し方ないのかもしれない。


 プラモかジオラマかというあえて軽薄なセット。スタジオからの退出という演劇性。映像はコンテへと還元され、否応なしに“これはただの架空の物語なのだ”ということを突きつけてくる。


 『カップリング』をことごとく外してきたことも、マリという異分子を組み込んだことも、あまりに爽快すぎるエンドも、必要なのだというのはわかる。ここまでしないと別れられない、“さらば”とできなかったのはそうかもしれない。



 しかしだ、やっぱり身勝手な自己完結となぜか思ってしまうのだ。俺は満足した。俺は克服した。まだこだわってるの? もう十分じゃない?笑……とでも言い換えることのできそうな、冷たい無関心を感じるのだ。


 なぜだろうか。やっぱりそれは、エヴァが孤独の物語であるがゆえに、他人に優しさを届けることが不器用だからか。それとも、けっきょくは他人への優しさとは、利己をつつんだまごころに過ぎないからか。


 こんなにも丁寧にしっかりと、それも視聴者を慮った作り込みであるというのに、なぜか、この人が26年間かけて伝えたかったことは、これなのかと、妙に寂しい気持ちになってしまった。それがシン・エヴァをみて感じたことだった。




 付け加えて、いよいよ感想としての品位を落としていくが、ある作家との奇妙な相似と相反を感じるのだ。贔屓目も多分にあるだろうが、それは新海誠についてである。


 別に時期的な相似はない。むしろエヴァが生んだセカイ系の系譜に新海誠はあると、後発作家と言うこともできるかもしれない。加えてありようも異なる。エヴァの企図する本質的な自我の孤独と違って、新海誠の孤独は“寄辺のなさ”とでもいうような、もう少しフランクなものではある。



 としても、新海誠も19年間孤独を描いてきた作家だ。そして孤独を避けがたいものと捉え、「秒速5センチメートル」をピークとして、感傷と過去への撞着に視聴者を置き去りにしてしまった作家という点でも相似がある。


 新海誠のテーマもまた、それでも前をむけるはずという、本来は温かいものだったはずが、そうは捉えられなかった。そんな点も似通っているだろう。



 そして新海作品もまた、「君の名は。」「天気の子」と、テーマの描き直しを行ってきたわけだ。そんなふうにまったく一緒のはずが、なんと印象の柔らかなことか。


 別離は避けがたい。けれど、再会の奇跡の可能性は0じゃない。つながりは引き裂かれるだろう。でも、東京を海に沈めるくらいしたっていいじゃないか。それでセカイは壊れやしない。セカイ系なんて成立しないから、気にせず求めればいい。



 なんというか、懐の深さなのだろうか。見る側に語りかけたいという姿勢の微妙なニュアンスなのだろうか。最後にはそうなのだろうか。わからないけれども。


 ただ、芸術は自身に向かい合うものであるけれど、大衆娯楽は社会や見る側と真摯に向き合わなければ大作とはなりえない。アニメや映画がどちらに類するかもまたわからないけれど、旗手と言われるような造り手が、後者にあたるとするのならば……。


 ジブリを引き継ぐ大作家という地位に、いまのところ近いのは、弟子の方ではないかもしれないとも思うのだった。


山本文緒「プラナリア」

 直木賞受賞作品で、間違いなく面白い。ですが、現代社会の露悪に胃もたれもするのが「プラナリア」です。


 本作は、ここではないところを切実に求めながら、しかし様々な面白くなさから“無職”にとどまっている、そんな女性たちを描いた短編集となります。まあすでに、消化に良くはなさそうな内容ですね。


プラナリア (文春文庫)
山本 文緒
文藝春秋
2012-09-20




 例えば表題作『プラナリア』ですが、主役は乳がんをへて無職となった25歳の女性です。残念なことに、がんサバイバーが周囲に愛され回復していくハートフルストーリーではありません。


 手術から2年たち、ホルモン療法を続けているも、周囲からはそろそろ昔の話だと言われるころ。けれど投薬による心身の不調はいかんともしがたく、本人としてはいつだって調子がでない。



 周りの人だって聖人君子ではありません。当初は生存を泣いて喜んだ両親も、いまは働かず高額の治療を受け続ける娘を持て余した様子。


 年下の学生彼氏も、見捨てずかまってくれるも、モラトリアムゆえに余裕があるだけ。性欲の解消として気軽にがんな身体を求めるし、陰気になるからと泣き言をいうとキレる。あと免許はもってないので運転させてくる。



 さらに本人も、達者な人間ではとうていありません。積極的に病の話をして、周囲が困るのを見て溜飲をさげる露悪趣味。卑屈に媚をうったり、他人のせいにして暴れたり、病気をする前も二股をかけたりいい子ではない。


 さらに本人曰く、元デブでブサイクでひねくれもので、がんの悪化も突然というより怠惰に放置していたため。なにか腑に落ちずとも、別に調べたり変化を志したりもせず、不平を重ねるだけ。完全に周回遅れの人生に入っています。



 この周回遅れというのは本作を理解しやすくなる言葉な気がします。病気、格差、性格、知識、核家族、一つ一つは全世界に心配されるほどの悲惨じゃなくとも、積み重なればヘドロのように溜まって足を掬う。そして女性が不自由な社会。


 そんな人生の周回遅れにはいったとき、がんばれるのかと。がんばるのが物語でしょう。けれど、自然主義で描くのながら、不機嫌に寝そべってしまうやも。


 そういう現代日本のそこらじゅうにある、死なずにすむ豊かさしかない貧しい生を生々しく描いた点で、本作はやはり素晴らしい文学作品だと思われます。



 ただ問題は、そんな話を聞きたいのかということですね。奇しくも表題作『プラナリア』の主人公が迷惑そうに無視されているように、そんな話はこれ以上聞きたくないやもしれません。


 別に自分の人生とか、周囲の人の姿を見るだけでお腹はいっぱい。とりたてて見つめ直さなければ痛感しえないような、隠れた日常性というわけでもなし。ただただ現実的。



 共感して一緒にふて寝する人もおらず、孤立している人にはよいのやもしれません。ただ、どちらかというと、せめて本を開いているときぐらいは前向きか享楽的か、はたまた哲学的でいたい人にとっては、つらいばかりの作品かもしれません。


 繰り返しになりますが、小説としてはとても面白いです。テーマが停滞的なのに、物語としてはきちんと起伏がつけられている構成も、作家の力量を感じます。



 表題作以外にも、男社会の資本に依存しないといけない仕事とか、専業(パート)主婦が尊敬されないこととか、釣り合う相手は安い男だけなのに結婚をそれでも求められるとか、もろもろクソだと思う人には響くでしょう。


 そして最後に、そんなクビキを脱した鮮やかな女性の周りで、情けない男が衛星のようにつきまとう話で締められて、短編集としてもおさまりがよい。間違いなく良作、ではあるのですけれど。

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